好適環境水と養殖の未来

匿名希望      

 

 先日、「素敵な宇宙船地球号」というテレビ番組で「好適環境水」という不思議な水についての特集を放送しているのを偶然見つけ、とても興味深く観た。そして、好適環境水が未来の養殖産業に大きな影響を及ぼすのではないか、と感じた。

 

 日本人は、魚好きな民族として知られている。年間500種類もの魚を食べ、動物たんぱく質の4割以上を魚でとっているほどだが、その魚に今、重大な問題が起こりかけている。近い将来、魚が食べられなくなる日が来るかもしれないというのだ。

 現在、BSEや鳥インフルエンザの流行により世界中で魚の需要が増加していて、漁獲はこの50年で6倍以上に激増している。アメリカの科学誌サイエンスが「このままでは40年後には地球上から天然の魚がいなくなる」と発表したほどである。特に中国での伸びは著しく、刺身や寿司、ふぐ料理など日本食が大ブームとなって需要が爆発的に増加したため、水産物生産量が1980年代から急速に拡大しており、2001年には世界全体の三分の一を超えている。いまや中国は、魚の漁獲量・消費量共に世界第一位である。

その一方で、日本国内の養殖産業にも様々な問題点が発生している。たとえばトラフグの養殖は、盛んになるにつれて養殖密度が高くなったことにより、潮の流れが悪化し寄生虫がついたり病気が発生しやすくなっていたりするのだ。では、その寄生虫を駆除する策はないものだろうか、と考え、切り札として登場したのが劇薬のホルマリンである。ホルマリンは価格が安い上に他の駆除剤と比べ効果が絶大なため、現在でも多くの養殖業者が使用し続けている。だがホルマリンは劇薬であり、それを消毒に使用することでトラフグはホルマリン漬けになり、海の汚染は年々進んでいるのだ。

 

 そんな中登場したのが、「好適環境水」である。この水は岡山理科大学専門学校の山本俊政先生が開発した不思議な水だ。山本先生は、環境悪化による海洋汚染のために海での養殖に限界を感じ、海に頼らない養殖を開発したかったという。そんな先生が開発したこの水を使うと、なんと淡水魚と海水魚を一緒に飼育できるという。

なぜそんな事が可能かというと、魚の浸透圧調整に関係している。塩分の強い海で生きる魚は、そのままだと体から水分が染み出して干からびてしまう。そのため海水魚は水をたくさん飲んで水分を取り入れる一方、取りすぎた塩分をエラから出して塩分濃度(つまり浸透圧)の調整をする。逆に淡水魚は、体内の塩分の生で水ぶくれになってしまうのを防ぐため、大量に尿を出すことで余分な水分を出し必要最低限の塩分をエラから吸収している。

このように正反対の調整をしているため一緒には暮らせないはずなのだが、海水魚も淡水魚も元をたどれば太古の海で共に生きていたはずなのだ。そこで、太古の海は今よりも単純な成分だったために浸透圧の調整も必要なかったという考えに着目し、山本先生は海水の成分をシンプルにする事を考え付いた。

 現在の海水に含まれる成分は塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、塩化カリウムなどおよそ60種である。そのなかから魚にとって本当に必要な成分を調査した結果、カリウムやナトリウム、その他数種類の成分のみであることがわかった。そこで淡水にこれら必要最低限の成分を混ぜてできあがったのが、好適環境水なのである。

 

 好適環境水の利点はこれまでの養殖につきまとう問題点をクリアしている点なのだが、おもに四つある。

 ひとつは、なんといっても病気が発生しやすいという養殖の問題点を心配する必要がない事だろう。自然界では、病原体は海水型と淡水型にわかれているが、好適環境水は人工的に作られた自然界にはないものであるため、病原体は死んでしまう。このため、ホルマリンなど危険な薬に頼らずに養殖魚を病気から守ることが可能なのである。

 二点めは、作り方が簡単なので山の中でも養殖が可能という点である。これまでの人工海水の作り方に則ると、十種類以上の成分を使って三パターンの成分ミックスを作り、うち一パターンめの成分ミックスを60度以下に保った水道水に加え一時間放置し、残りの成分ミックスを加えたのちさらに水を加え放置し・・・と、ややこしくて時間がかかる上にコストもかかる。しかし好適環境水は、淡水に数種類の成分を混ぜるだけである。いたってシンプルだ。

 コストがかからない、というのもこの水を使った養殖を商業利用できるまでにしようとする目的のためには大事な点である。実は陸上養殖の試みは大分県でもあったのだが、人工海水代や冷暖房費にコストがかかりすぎたことを理由に閉鎖されてしまった。しかしこの好適環境水は、人工海水の60分の1のコストですむのだ。前述の通り成分はシンプルだし、溶媒となる淡水は近くの川から採るため無料である。そして、閉鎖された鉱山の坑道で養殖を行えば、自然に温度が年中20度前後に保たれているため冷暖房費も必要ない。

 四点めに、この水なら浸透圧の調整が必要ないので、エネルギーが少なくて済み、その分成長が速くなるという事がある。実際に養殖してみた結果、ヒラメは6カ月で約40グラムから約500グラムへ成長し、マダイは10カ月で約400グラム、トラフグも4カ月で約200グラムほど成長した。海水でヒラメを約2カ月育てると体重は104%増えたが、この水では152%増加したのだ。

 

 山本先生は、三ヶ月間山の中でトラフグ・ヒラメ・タイを育て上げることに成功し、出荷を実現した。味も上々のようで、これまでのところは成功と言えるようである。そして先生の次のターゲットはハマチとシマアジ、そして最終目標はマグロだという。

 しかしマグロの養殖には、多くの問題がある。天然のマグロは様々な餌を食べているし、広い外洋域に住み運動量が多い。それによって適度な脂肪と弾力があり、色持ちがよく変色しにくいという特徴を持つ。しかし養殖ものでは、餌は冷凍のアジ・サバ・イワシ・イカ等しか与えることができないし、閉鎖的な環境にいるためどうしても運動不足に陥ってしまう。このため脂肪が多く歯ごたえのない身となってしまう。そして変色も早まり、品質が大きく下がるのだ。

 このように、自然に育てたわけではない養殖ものにはどうしても天然ものとは違いがうまれてしまうことはどんな魚にも当てはまる問題である。しかし需要の拡大によって天然ものの供給がおいつかないどころか、絶滅の恐れまであると言われては、黙っているわけにはいかないのだ。より安全で、品質のよい魚をこれからも食卓に並べるためには、養殖産業をうまく発展させていくことが鍵となるはずである。

 マグロなどの回遊魚は陸上養殖をするのは特に難しく、他の問題点もまだまだ山積みである。だが、だからこそ山本先生は実現したいのだろう。私は、先生の発想の転換と貪欲な姿勢にとても心を魅かれた。そして先生の姿から、「水」の大きな可能性を感じ取った。

 好適環境水が、養殖の未来を、ひいては未来の世界の漁業を明るく照らしてくれると願うばかりである。

 

 

<参考>

 


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